アビスと足跡

寝室の窓辺にあるテーブルの上で、小さなひだをつくりながら葉を伸ばすアビス。レースのカーテンから差し込む日光が葉の下に影をつくり、テーブルのアイボリー色に灰色が浮かび上がる。時より動くその様は、たゆたう水面のようだ。庭にある睡蓮鉢の水をたまにヒヨドリが呑みにくる。長い嘴を水に浸けたかと思うと、すぐに上を向いて何度も嘴の先を動かしている。足元に広がる水に舌鼓を打っているのだ。わずかな至福を終えた後、勢いよく羽音を鳴らして飛び立つ。きっと鉢に張った水はアビスの葉の小さなうねりを幾重にもしたような波紋をつくるのだろう。静かな昼間、猫が寝て居る昼間、微動だにしない水面を揺らした一連の所作。飛翔と同時に、先ほどまでの軽快な空気は鎮まり返り、鉢の表情は庭の草木の陰に落ち着くのだ。動きのないものの中に、わずかな変化をつくったヒヨドリ。

しかし、それは後を濁さない形で行われるのだ。一瞬、漣をつくり、空気を揺らしても、それが立ち去った後、庭の草木、睡蓮鉢、泳ぐ金魚は、何一つ変わることなく、調和を保っている

。それらは完全なまま、ヒヨドリのシルエットはどこを探しても見つからないのだ。一方、昼間は誰も居ないはずの寝室に侵入者がいたことを告げるのは、そう、窓辺のアビスなのだ。夜さあ寝ようと思って、部屋に入ると、ベッド脇の小さなテーブルの上のガラスボールに据えられていたはずのアビスが食いちぎられている。ジグザクに曲線で縁取られている葉が、不自然に所々かけているのだ。確実に昼間、鼻を効かせながら、そろり、そろりと、近づいた者がいる。ああ、やられた、と思ってももう遅い。芽がでて、葉を伸ばし、花をつける、植物の成長はどんな時も、シンメトリーなバランスを作っているが、愛猫だけが、その構造をぶちこわすのだ。雑だが、しっかりと、嚙みついた痕跡を残して。

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